雑記

大好きな祖母を亡くして〜いのちのバトンの世代交代〜

 

こんにちは。しばらくブログの更新をストップしていました。

先日、大好きな大好きな祖母とお別れをしました。

90歳という長寿ではありましたが、まだまだきっと元気でいてくれる、そう思っていた矢先の出来事でした。

 

25歳までおばあちゃんという存在がいてくれて、いろんなお話しを聞けて、たくさん思い出が作れたことは本当に恵まれていると思うし、おばあちゃんとのお別れを悲しむと同時にたくさんのありがとうを伝えたいなぁと思います。

 

お別れから9日たった今。まだ現実を受け止めきれず、未だ信じられず、ただ呆然としています。

おばあちゃんを失ったショックで体調を悪くし、熱を出しました。

ああ、それほどおばあちゃんのこと大好きだったんだなぁとしみじみ思うと共に会いたい、、なんで私は看取ってあげられなかったのだろう、、あのときああしていれば、、と毎日後悔の念が募ります。

おばあちゃんとの思い出

 

おばあちゃんはすごくかわいくて優しくて、女神のような人でした。

どんなに忙しい時でもイライラしている時でもそのそぶりを他人には一切見せません。

私の母も叔父も祖父もみな、「おばあちゃんに怒られたことがない」 と口を揃えて言うほど穏やかな人でした。(子供を叱るのは祖父担当だったらしい笑)

 

子供の頃、なんでおばあちゃんは怒らないのー?

ムカッとしたりすることはないのー?

と聞いた時には、

 

私が怒ったところで、自分も相手も気を悪くするだけでしょう?

それならそこはぐっと堪えて逆に笑顔でいてごらん?

長い目で見たときそっちの方がずぅっと平和だよ。

 

と言われ情緒不安定でいつもプリプリ怒っていた私はカルチャーショックを受け、愕然とした覚えがあります。

 

また、家業一筋で、88歳まで仕事を続けました。

毎日笑顔で、看板娘。地域で評判のいつもニコニコおばあちゃんでした。

 

私が相談ごとをするといつも親身になって全てを受け止めてくれました。

彼をお父さんに会わせたいんだけどなんて言えばいいかな?

とつい最近相談した時も、

よし。おばあちゃんも一緒に考えてあげようか〜

と言ってくれたり。

 

修士を卒業した時に、博士課程進学を報告した時には、結婚は大丈夫なの?と女性だからこその問題をやんわりと指摘してくれたり。

大丈夫だよ、おばあちゃん、私ちゃんと結婚する予定あるから!

と言うとすごーく喜んでくれたり。。

 

小さい頃の思いでから大学院時代の最近の思い出までが走馬灯のようにぶわーーーーと頭の中を駆け巡ります。

孫の中で一番末っ子なのもあり、おばあちゃんっ子だったから、よけいにお別れが辛いです。

おばあちゃんの家に泊まりに行くといつも手をつないで寝ました。(大学生の時も)

それほどおばあちゃんっ子。

 

こうしておけば良かった、、後悔

もっと早く彼を会わせておけばよかった

実は、来月彼をおばあちゃんのところへ連れて行く予定でした。

1年以上前からおばあちゃんに彼とのことをずっと報告してました。お父さんに会わせるのどうしようという相談から結婚の相談まで。

おばあちゃん、ずっとずっと楽しみにしてくれていたみたいで。

初ひ孫も見れるかな〜なんてにこにこ幸せそうに話していました。

大学院に進学せずにもっと早く結婚して子供を授かっておけば見せられたのかな!?と思ったり。。

 

亡くなる1週間後はもともと会いに行く予定だった

もっと予定を早めて、はやく会いに行けばよかった。

最後にあったのは1ヶ月前でした。もっともっと、ごはん食べるお手伝いをしたり、お話ししたり大丈夫だよって抱きしめてあげればよかった。

おばあちゃんは私にとって初の介護を体験させてくれました。

トイレのお手伝いや立ち上がるときに補助したり。

こぼれたごはんを拾ったり、、、介護って大変なんだなぁと思いつつ、大好きなおばあちゃんのお手伝いができることに幸せを感じていました。

そういう点では、初めての介護体験がおばあちゃんで嬉しかった。そう感じます。

もっとおばあちゃんの写真を撮っておけばよかった。

たくさんの笑顔を写真に残しておけばよかった。

そしてツーショットを何枚か自撮りしたものもありましたが、もっともっとかわいい笑顔を残しておきたかった。。

後悔は絶えません、、

 

キティちゃんを見るとフラッシュバック

私はキティちゃんが好きです。

おばあちゃんの手の力が以前よりも弱くなったため、持ちやすいコップを探しに母と買い物に出かけました。

介護用品売り場だと、いかにもという感じで。自分がおばあちゃんの立場だったら嫌になってしまうだろうなあと思い急遽赤ちゃんコーナーへ行きました。

そこで見つけたキティちゃんのプラスチックのコップ。

おばあちゃんはお薬を飲むときやごはんの時に愛用してくれていたみたいです。

私が泊まりに行く時もいつも使ってくれていました。

 

そしておばあちゃんの家に泊まるとき用においてある私の私服はほぼキティちゃん。。笑

ユニクロのサンリオコラボのキティTシャツやGU×サンリオのキティちゃんのパーカーなど。

そのイラストを見ながら、おばあちゃんとお揃いだねーなんてつい最近話したのが記憶に新しいです。

 

そんなことから、おばあちゃんの棺には私のキティちゃんコレクションの中のぬいぐるみを一つ入れました。

それからというもの、キティちゃんを見るとおばあちゃんを思い出してほっこりします。

 

この苦しい日々で感じる事

頭の中はおばあちゃんのことだらけ。

また会いたくて、お話ししたくて、手を握りたくて苦しいです。

ですが、私も苦しいけれど、きっともっともっと苦しいのは母やおじさんおばさんなんだろうなと。

実母の死なんて考えただけで息が詰まります。。

 

母はいつも、おばあちゃんの家へ行くとイキイキしていました。

お肌もいつもよりぷるぷるで、おばあちゃんに甘えつつ家事をして、、

娘として母として、そんな二面性をもった頼もしい母の姿が幼い頃から大好きでした。

もう、その姿は見られないのか、、

そう考えると、つらい。

そして、それと同時に母は守る番ではなく、次は私に守られる番になったのだなとしみじみ感じます。

 

次は私が出産し、お母さんになって、母を守りつつ子供を守って。

たくましく生きていく番なのだなと。

きっとおばあちゃんの姿も幼い頃の母にはそう見えていたのかもしれません。

 

自分が見て、心に焼き付けた母達の姿に追いつけるよう、今から少しずつ成長する必要があると再認識しました。

 

おばあちゃんのようなたくましく慎ましい女性に私もなれるかな〜

そして、母のことをしっかりと、責任を持って守っていこうと決めました。

 

おばあちゃん、今はまだメソメソ泣いて、うじうじ弱っちだけど、自分の一生を全うするまで頑張るからね。

お空から見ていてください。

だいすきです。

25年間楽しい時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。

そして90年間お疲れさまでした。おじいちゃんと寄り添って、ゆっくり休んでね。

ありがとう。

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